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今泉今右衛門氏 今泉今右衛門氏
■14代今泉今右衛門氏■Profile
陶芸家
財団法人今右衛門古陶磁美術館理事長
色鍋島今右衛門技術保存会会長

― 14代と柴田さんとの出会いはどういったものでしたでしょうか。

 そうですね。7〜8年位前でしょうか。父(故13代今右衛門氏)が柴田さんのことを、これだけたくさんの古陶器を寄贈していただいたことに大変感謝してまして、その頃に父といっしょにお会いしたのが最初だったと思います。
その後、九州陶磁文化館で開催されています九州近世陶磁学会に参加するなかで交流が深まってきました。ある時、私の友人が馬刺しの話をしましたら、「じゃ、みんなで食べよう」という話になり、翌年から学会の前夜祭を行うようになり、馬刺しを取り寄せ皆さんと食べましたが、それ以降、前夜祭が恒例になり、柴田さんも一緒に参加していただきました。

― その時、柴田さんはどういうお話をされましたか。

今右衛門氏 当然、古陶器の話もありましたが、すべてのことについて、とてつもない知識と見識をお持ちで、料理、お酒、芸術論など、やきものと同様に詳しい方でした。あるとき五島うどんを茹でてお出ししたのですが、食された後に、「これを茹でるには、鍋が小さかったみたいだね」と言われました。茹でたときに戻ってくる塩の按配だったんでしょうね。このようなエピソードがたくさんありますが、柴田さんの視点は私たちとは全然違うし、半端ではない知識の豊富さには驚かされましたが、私たちには新鮮でした。
これは古陶器に限らず、全ての面で物事をリサーチという視点で見られていたのではないかなと思いました。

― それは具体的にはどういうことなのでしょうか

 古陶器の場合は一つの古陶器を200項目の視点で見なければいけないと常々おっしゃっていました。普通はせいぜい10項目ぐらいでしょうが、柴田さんはロクロの回転方向や、ロクロのスピード、線書きの方向や筆の種類までも一つのやきものの中に見ておられたと思います。それら全部を判断して、この時代はこの技法があったとかがお分かりだったんでしょうね。

― 柴田さんは鍋島についてはどのようにみておられたのでしょうか。

今右衛門氏 鍋島を切り離してしまうと古伊万里も解からなくなりますから、鍋島についても一緒に研究なさっていたようです。独自の持論をお持ちで、「鍋島の特徴は下絵の線書きの強さだ」とも言われたことがあります。ある時20〜30冊はあろうかという鍋島のファイルを見せていただいたこともあったのですが、その分類の仕方には驚かされました。
しかし、柴田さんもおっしゃっていましたが、父も常々、「伝統というものは常に新しいものをつくりだしていくものだ」と言っていました。柴田さんは父の作品について、有田や鍋島で大事な生地の白の上に薄墨や吹墨を吹き付けることで、素材感までも変えてしまう発想を大変評価され、その視点は私にとって新鮮でした。

― 柴田さんは何を一番伝えようとされたのでしょうか

 柴田さんがよく言われていたことで、有田の伝統とは何か? というのを考えたことがありますが、400年の間ずっと変わらず残ってきたものを伝統というのであれば、それは名品をつくってきた技術ではなく、その時代その時代、人々が要望するものを汲み取って、時代に即応するものを創りだしていく、その精神こそが有田の伝統である。そのために技術を伝えてきたし、時代にあったものをつくるために技術革新を行ってきたのだ。ということを柴田さんは伝えたかったのではないでしょうか。
柴田さんは有田のことをこよなく愛された人だったのではないでしょうか、だから現在のことだけでなく将来のために今これをしなければならないという提言をなさっていらしたのではないでしょうか。寄贈されたコレクションの展示にしても後半はいろいろなテーマによって企画されていましたが、よくよく考えるといろいろな見方で見てほしい、特に有田の人に見てほしいと思われていたのではないでしょうか。

― 14代にとって一番思い出に残ることは

今右衛門氏 14代を襲名して、襲名披露展のための試作を見ていただいた時に、伝統を受け継ぐこと、今右衛門として、14代としての意味を教えていただきました。試作の新しい方向性は評価をしていただきましが、「作りたいという気持ちもわかるが、それはこれから5年10年20年かけて作っていくもの。襲名披露展では、鍋島を継承していくという、今右衛門を襲名したという意思表示が必要ではないか」という助言をいただきました。
自分の美意識を表現するという考え方以上に、まわりの方々に14代今右衛門として納得していただくために、今後14代として仕事をしていく大事なところを教えていただきました。
いろんなお話を聞かせていただきましたが、もっともっとたくさんのお話を聞きたかったですね。とにかく、すごい方でした。


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