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佐賀県の陶芸作家
 
青木清高 青木清高
(有田町)
青木清高・昭和32年、青木龍山氏(日本芸術院会員)の長男として有田町で生まれる。長崎大教育学部美術科を卒業した昭和55年から陶芸の道に入る。白磁作家中村清六氏に師事。父親の「天目」に対して、ろくろ技法を磨く。昭和63年以来一貫して「青磁」の表現に没頭。器のフォルムと純度の高い青呈色の調和を追求している。代表作は海の波をイメージしたシリーズなど。日展無監査、日本現代工芸美術家協会本会員。有田町外尾山。
「イギリスといえば、やっぱりビートルズを思い浮かべますね」。連想がいかにも音楽好きな青木さんらしく、かの地へのあこがれさえ感じさせる。「幕末から明治にかけて、有田の先輩たちが大勢海外に足を運んでアピールしたが、来年再び佐賀の焼き物をアピールするチャンスが巡ってくるわけです。たぶんロンドンには美術や陶芸に目の肥えた人が多いのではないか、なんとなくそんな気がします」
ヨーロッパの美意識や批評眼をはっきり意識した見方で、大英博での協会展という一大イベントに向け少しずつ内面の緊張を高めているところだ。

出品作品の制作は来年夏ごろになるだろう。「一連の海シリーズを出すことになる」という以外、まだはっきりした構想は何も決まっていない。だれもが認める県内若手陶芸家のリーダー格。青磁に取り組んで10年になる。30日本現代工芸展の審査員を務め、日展ではすでに特選2回。有田にしっかり足を踏ん張り、中央でも大家と互角に張り合える実力を備えた。もはや「新鋭の…」という形容はこの人に失礼だろう。日本芸術院会員の青木龍山氏を父に持つ。大学時代から中村清六氏にろくろの指導を受け、卒業して父の工房に入った。父は天目の名手。しばしば「父の黒に対して息子の青」と対比される。いうまでもなく天目釉(ゆう)の黒と青磁釉の青、父子それぞれに追究する色の違いを示している。

ともあれ10年間掘り下げてきた青磁の世界。テストした百色ものブルーから選び抜いた神秘的な青で心の中の海のイメージを表現し続けており、大きく包み込むような器のフォルムには父親譲りの優れた天分が認められる。

「最近、父がけんかを売ってくるようになった」と笑いながら話していたが、師である父の意見に耳を傾け、それを「ありがたい」と素直に感じるこのごろ。

プライベートでは中一を頭に一男二女の父。長男はそろそろ焼き物への興味を示すようになった。PTAなど地区の役員も気軽に引き受けるような一面も。

ことしは二つの個展を開くので、例年に増して忙しい。6月29日から長崎の浜屋、9月14日からは東京日本橋の三越。「長崎は学生時代を過ごした街だからストレートな反響が楽しみ。三越は私にとって初の東京個展で、これにかけているようなところもあるので緊張します」

最近しきりに考えるのは、学生時代から好きだった絵と陶芸の接点。ろくろの造形を崩すような「破壊的な何か」への願望も強い。

「陶芸技法にはとてつもない幅と長い歴史があり、われわれができることなんてその中の点でしかない。基礎が大事だというのは確かにそうだが、もっと大事なのは自分を表現することではないか」

悠然と構えた外見からは想像もつかないが、自らの型を打ち破ろうとする激しい表現衝動が内面で渦を巻いている。
出展作品
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悠久のしらべ

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粉青輪花口花瓶

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■青木龍山窯
JR有田駅から車で2分、徒歩10分。
展示場あり。駐車場約10台収容。
電話0955(42)3272
西松浦郡有田町外尾山。
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このコーナーは平成12年度に開催された、大英博物館佐賀県陶芸展への出品を控えた陶芸作家のみなさんにインタビューを行った記事です。記事は「佐賀新聞」に掲載されました内容を転載しております。
※作品、作家の写真は、佐賀新聞社提供によるものです。
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