トップ >> ザ・コレクション >> 汽車茶瓶・汽車土瓶(2)
ザ・コレクション 旅でお茶を一服 汽車茶瓶・汽車土瓶
《その2》

前期(明治〜大正10年前後)
 明治22年静岡でお茶が販売されたときは、駅弁屋が信楽焼の土瓶を購入してお茶を入れていたそうです。信楽焼の地元では、当時流行していた山水土瓶を写して生産していました。益子焼では汽車土瓶として梅絵の土瓶がつくられていたそうです。サイズは2〜3合の物で、それに小さな湯呑みが添えられていたことから、初期の汽車土瓶は従来から生産していた土瓶を代用していたと考えられます。明治25年すぎ頃から駅名を入れた専用の汽車土瓶が生産され、大きさも小型化していきます。
ちなみにこの頃から駅弁はバラエティ豊かで、おにぎりとたくあんを竹の皮でくるんだものもあれば、折箱に詰めた幕の内弁当もあったようです。
photo
photo
その1へその3へ
資料提供先
■窯業史博物館 栃木県那須郡馬頭町小砂3112 電話0287-93-0711
※このコーナーは窯業史博物館・信楽窯業技術試験場より提供して頂いた資料をもとに構成しています。
Copyright(C)2002 Fukuhaku Printing CO.,LTD
このサイト内の文章や画像を無断転載することを禁じます